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ごミサでのリーゼンフーバー神父様

GROUP ANCHORA

​グループ・アンコラについて

 霊的指導者として、哲学者として、大学教授として、また一人の司牧に徹して日本において活動されたクラウス・リーゼンフーバー神父様の功績と信仰・哲学を伝え広く知らしめるために、神父様の教えを受けたカトリック教徒が中心となって自主的に立ち上げたグループのホームページです。

 リーゼンフーバー神父様と関係の深い神父様たちの協力を得て、ラテン語講座・黙想会・主の祈りを読み解く講座等、リーゼンフーバー先生の提唱を聴いて座る座禅会(不定期)など数々の集まりを行っています。

 皆さんのご参加をお待ちしています。各種講座も黙想会もごミサからの参加可能、お気軽に​下記のアドレスにお問い合わせください。

​ 皆さんの上に主のお恵みが豊かにありますように。

クラウス・リーゼンフーバー神父様の略歴

 1938年6月、ドイツのフランクフルトの名門家庭に生まれた哲学者思想史研究者。ローマ・カトリック司祭イエズス会士。上智大学文学部哲学科名誉教授、同大学中世思想研究所 (元) 所長。放送大学客員講師も務めています。

 ザンクト・ゲオルゲン哲学・神学大学 (Philosophisch-Theologische Hochschule Sankt Georgen) で哲学を学びましたが、1958年イエズス会に入会するため中退し、その後、ベルヒマンスコレー大学で哲学を学び、1962 年から 1967 年まで、ミュンヘン大学で哲学を専攻。副専攻として心理学や基礎神学をマックス・ミューラーやカール・ラーナーのもとで学んだ。1967 年にトマス・アクィナスに関する論文で博士号を取得。

 来日後は、1969年から2009年まで上智大学で教鞭をとり、1989年に学位論文『中世における自由と超越:人間論と形而上学の接点を求めて』神学博士を取得されています。

 専門は西洋中世の哲学・神学、初期ドイツ観念論現象学。また、上智大学内での指導をするなど、日本文化キリスト教の融合を図るなど、哲学者として生涯を人生の意味の問題に費やした。

 かなり流暢に日本語を話されましたが、著述はもっぱらドイツ語で行い翻訳を介して多くの著作を発表しています。

 『中世思想原典集成(平凡社)』の編者に加わり、日本におけるヨーロッパ中世思想の紹介に大きな貢献を残されました。 

 2022年3月31日、肺炎によりご帰天されています

​Group Anchoraの指導をしてくださる神父様たち

 Group Anchoraでは随時、神父様・神学者の指導による講座・黙想会などを行っています。

その指導をしてくださる神父様・聖職者・学者の皆さまです。

​​ これにはカトリックのご信者はもちろん、プロテスタント、未受洗の方でもどなたでもご参加いただけます。開催する内容や日時等はこのHP内でお知らせします。

​ またグループアンコラの会員の皆様にはLineのグループでもお知らせしています。

​参加を希望される方は、下のアドレスでご連絡ください。

フランツ・ハム神父

ホアン・マシア神父

中村神父様.jpg

​中村健三神父

イエズス会司祭。

上智大学文学部ドイツ文学科にて30年以上にわたり教鞭を執る。

​幅広い知識で世界情勢からキリスト教の歴史まで、深い含蓄と新鮮な世界観を与えてくれる。

イエズス会司祭。1941年スペイン生まれ。1966年来日。1973年司祭に叙階。1975年マドリード・コミリャス大学で哲学博士号取得。同大教授を経て、現在、上智大学神学部教授。深い霊性と知性で導いてくださいます。

イエズス会司祭。

1939年神戸まれ。1966年来日。1970年司祭に叙階。1976年から上智大学で聖書学を講義。

1996年、広島司教区で教会司牧。

2019年より六甲教会で助任司祭を経て、現在東京在住。

​(写真はマシア神父様と一緒に写っています。)

​Group Anchora主催の講座・黙想会

十字架の下に

 Group Anchoraでは随時、神父様・神学者の指導による講座・黙想会などを行っています。

その指導をしてくださる神父様・聖職者・学者の皆さまです。

​洗礼を受けていない方も含めてどなたでもご参加いただけます。

参加費は、宿泊を伴う黙想会のような場合をのぞいて基本無料です。

​参加を希望される方は下記アドレスまでご連絡ください。

会場は特に変更がない場合、基本的に​上智大学内のSJハウスとクルトゥルハイム聖堂になります。

◎4月5日(日) フランツ・ハム神父様による
『イースターの教会ラテン語講座』と​ごミサを行います。

 4月5日(日)、午後1時から上智大学構内・SJハウス第5応接室においてフランツ・ハム神父様の『イースターの教会ラテン語講座』を開催します。

 幅広い教養と知識で、毎回新鮮な世界観に導いてくださるフランツ・ハム神父様のラテン語講座は新鮮な驚きと発見に満ちています

 終了後は、クルトゥルハイム2階の聖堂においてハム神父様によるごミサ(大体15時位から)を行います。

 時間の都合がつかない方はミサのみのご参加も可能です。

参加を希望される方は下記アドレスからお名前と人数をお知らせください。

十字架を担いて

Group Anchoraとして初の試みですが、チャリティーを主眼としたコンサートを開催いたします。

 今年の6月5日(金)に添付のフライヤーに明記されている通り、イグナチオからもほど近い紀尾井町サロンホールで行われます。
演奏はご自身も熱心なカトリック教徒であるピアニストの西澤安澄さんで、今年生誕150周年をむかえるファリャを中心に祈りの気持ち溢れる楽曲をプログラムに組んで頂きました。
本場スペインでファリャの遺族からも高く評価され、現地の音楽研究者のオファーで『ファリャ:ピアノ音楽全集』『ファリャ:管弦楽作品ピアノ編曲全集』をリリースした西澤さんは「私の曲は善きキリスト者に弾かれ聴かれて欲しい・・・」との言葉を残したファリャに相応しいピアニスト。
 定員わずか80名限定の貴重なコンサート。ぜひお聴きいただきたい貴重な機会です。
西澤さんが所属する調布サレジオ会の神父様たちも参加してくださる予定です。
 今回の収益は必要経費を除いた純益を神父様たちのご活動に当てていただきます。
​ コンサート前には私たちグループの指導司祭であるフランツ・ハム神父様によるごミサを行います。
 チケットをご希望される方は下のアドレスから、コンサート希望と人数とお名前・ご連絡先を明記してお送りください。後ほどご案内差し上げます。

洗礼者ヨハネ
​洗礼者ヨハネ(Da Vinci)
十字架上のキリスト

​Library
(日々の配信・3月第5週)

Deliverd Daily

リーゼンフーバー神父様の行われたご講義の録音からテープ起こしした毎日の配信を、

週に1回程度まとめて配信していきます。

キリスト教入門講座 聖書のイエス像 ヨハネの見たイエス

 なんか、そういう、イエスの“死“の中には、もう、“復活“が始まって、教会が始まって、そこでは、弟子たちが、イエスと同じ“命“で生かされるということになるわけです。
 そういうふうに、ヨハネの場合には、その具体的な事実的な話、ま、息が絶ち切れたとか、ということと、最も深い、精神的な、霊的な話は、これは,この二つは、裏と表のように互いに属し合ってるんだ。そこで、具体的な事実、それは、“言葉は肉となった“。“肉“ということは、そういう最も具体的なもの。しかしそれは、イエスが人間となって、すべての“恵み“で来た。その現実性と、その現実性の中には、その“神“の“無限な恵み“が入ってるんだ。この二つは一致してるんだ、ということをヨハネが強調してるんですね。これは、重大な事ですね。つまり、その“救い“の現実性と共に、その“救い“の内面性とか。その内面性は、これは、特に、その、13章からは、“最後の晩餐“で、出てくるわけですね。今、ちょっとだけ、あの、そのテーマを暗示しますけれども、そこで、特に13から15章まではゆっくりと、お読みになったらとても充実したものだと思います。そこでまずその、13章は、“イエスは、主である。師である“。そして、弟子たちは、弟子で、しかし、弟子は、その“師“に学ぶものだ、とか、“師“と同じようになるはずだ、ということは、まずテーマとなってます。そして、それは、どういうふうに実現されるか?“互いに愛し合うこと“、“わたくしがあなた方を愛したように、互いに愛し合いなさい“、と、なってるわけですね。だから、イエスの根源的なその、遺言とか、これは、やっぱり、イエスがその“愛という力“を弟子たちに残してる。
 そして、14章の方では、そこでは、“神を信じてるように、わたくしをも信じなさい“と、1節で、まず言ってるわけですね。だから、その全面的に、なんか、イエスを信じる。そして、そのイエスを信じる、ということは、イエスは人間にとって、道となる、ということで、イエスは、“神“に向かって透明なものだ、というふうに、表現してるわけですね。「わたくしを見てる人は、父を見てるんだ」と、言ってます、ですね。9節あたり、ですが。そういうふうに、なんか、その、“イエスと共になる“ということは、そこで、イエスが私たちを“父“へと連れて行くんだ。そこで、その14章の中には、その「住む」という言葉があるんです。つまり、一時的なことではなくてですね。「あなた方は、わたくしのいるところに、あなた方もいるだろう」。これは、「あなた方の、住処となる」。つまり、“イエスと共に住む。今も、永遠の中にも“。そして、逆にも、「わたくしの意志を果たす人は、14章の23節。そこで、「わたくしと父が、その人のところに行って、ともに住む」ということにも、またなってるわけです。「住む」ということは、ごく日常的な、ですね。ごく密接な深いつながり。これは対面し合うということだけではなくてですね。それは、“イエスと同じ場所にいる、同じ平安の中にいる“。
 ヨハネの召し出しも、1章で述べられているときには、そこでは、その、ヨハネがイエスを見て、そしてイエスは、「どうぞ、じゃぁ私がどこに住むか、を見たければ、いらっしゃいと」と言って、その人に言って、1日そこに泊まった、と言ってるわけです。その、“イエスのいるところに泊まる、根を下ろす“、ということ。それで、ヨハネが弟子となった、ということですね。
 そういう、全面的な、“イエスと共にいる、イエスとつながる“、とか。そして、それで、“父を知る“。これも14章のテーマですが、その、“イエスと共に住む“んだったら、“父“を知るようにになる。その、“父“知るようになる、ということは、これは言葉だけではなくてですね、そのイエスにあるような、その“父との密接な総互関係“それに預かる。つまり、イエスと“父“は、互いに一致し合うように、そういうふうに、イエスを信頼して、“イエスと共にいる人“は、ま、“イエスと共に神の内にいる“、ということですね。そういう、“共にいる、内にいる“ことは、それは、その、“最後の晩餐“の、その、14、15章の重大なテーマとなってます。
 それは、その、“互いの内にいる“。パウロは、不思議に同じ表現を使ってます。つまり、“キリストがわたくしの内にいて、わたくしはキリストの内にいる“、それはパウロにもあるんですが、それは、“父が、イエスの内にいて、イエスが、父の内にいるように“。そして“あなた方も、そういうふうに、私たちの内にいるようになる“。“互いの内にいる“ということは、互いの自立を守りながら、最も密接に、実態的と言っていいぐらいに、最も密接に互いにつながり合う、ということになるわけです。これは、その、“わたくしの与えるパンを食べ、わたくしの与えるその盃を飲む人“ 。その人が、“わたくしの内にいて、わたくしも、いつもその人の内にいるんだ“。そういう、イエスとの全面的な、交流だけではなくて、交流しながら、なんか,“互いのためにいる、互いの内にいる“、“神を知る“ということになるわけですね。
 なんか、そういう、“キリストと神の間のその密接な関係“、これは、“私たちとキリストの間の密接な関係“になるように。そこでは、混合することはないけれども、全面的につながり合う、ということ。
 あのー、そのヨハネの6章の57節あたりで、言ってますが、なんか、“わたくしは、父によって、遣わされていて、父によって生きるように“、そういうふうに、“わたくしを食べる“、つまりその、“パンを食べる人が、わたくしによって生きるようになるんだ“、これは大変な言葉ですね。つまり、“イエスと父との関係“。そういう、“不可分的な、全く密接な、親しい、その関係“。なんか、わたくしを食べる、信仰によって、心でもって、とか。そして、具体的に、ですね。そういう人と、わたくしとは、やっぱり、あのー、互いによって、その人が、またその人がわたくしによって生きるようになるわけです。そういう、“究極的な一致“、とか、“互いに対する愛“、とか、ですね。これはヨハネ福音書の目標で、そして、それでは、人間は、私たちは、“父との関係“に導かれる、ということになるわけです。
 ま、一応は、ちょっとそのヨハネの福音書全体の、えー、いくつかの中心的なテーマを少し指摘したんですが、そして、後半部、“最後の晩餐“の話、特に13から15章までですね。ま、あのー、そこで、その、“キリストとの最も密接な関係“が、ま、大きなテーマになってると思います。今、話をそこまでにして。そして、えー、この霊操でずっとやってるように、ま、終わりに簡単な形でミサをやりたいと思います。これは、まぁ、まさに、その“パンとぶどう酒の神秘“になるわけですね。

(3月26日配信)

 はい。ま、あの、黒板に書いてあるテーマは、「ヨハネの見たイエス」ですけれども、それは、たしかに、あの、普通やりますけれども、しかし、それは、今年は、もう、その通う霊操の中で、取り扱ったんですが、だから皆さんのうちには、ま、それほど多いわけではないかもしれませんが、その話をもう聞いたことはあるわけですね。あのー、私たちは、ここで普通、マタイ、マルコ、ルカをよく引くわけですね。そのイエスの生涯に関してですね。えー、それで、じゃあ、そのヨハネはどうなのか。ま、それについて多少、こないだ話したんですが、そのテープもあるかと思いますですね。
 あの、しかし、普通全然取り扱ってないのは、ま、その、パウロという、ま、新約聖書のかなり大きな部分を書いた、その人は、ま、どういうふうに、イエスのこと考えているのか。これは、パウロの中には、ま、そのイエスの生涯についてはほとんど何もないわけですね。まぁ、その、イエスの“最後の晩餐“、イエスの“死“、イエスの“復活“とか、これは大きく出てきますけれども、しかし、そういう色々な、イエスの話とか、そういうことは、まぁこれは、パウロが前提にして、これは、その彼の手紙を読んだ、読む、その信者たちは、もう知ってるはずだろうと、きっと思ったでしょう。
 じゃ、でも、そこでは、おそらく、そのパウロの、まぁ、キリスト理解、とかキリストについての見方ですね。これをちょっと取り上げたら、え、相当大事なことじゃないかと思います、ですね。これを今日少しやってみたいと思いますですね。
 えー、そこでは、そのイエスの生涯のあれこれ、というよりも、ま、パウロの神学といいますか、パウロが根本的に教えたこと。これは,少し浮き彫りになったらいいと思いますが。そしてその中には、パウロ自身のキリストに対する、ま、関わり、関係がだいぶ出てくるわけですね。
 え、ちなみに、もうすぐにもうテーマに入っていますけれども、パウロは、あの、イエスの面識はなかったわけですね。同時代人ですけれども、しかしパウロは、パレスチナには生活してなかったんですね。南トルコの方には、ま、当時には、ユダヤ人たちは、地中海全体に回って、大きな街にも、どこにもユダヤ人がいたわけですね。パウロも、そういう、まぁパレスチナ以外に、育ったとか勉強した、そういう人だったわけですね。そして、背景としては、ま、パウロはいつ亡くなったのか?まぁあの議論があるわけですけれども、64、5年という説は、伝統的にわりと強いんですが、あのー、他の人たちは、まぁやっぱり、あの、20年あとだったかもしれません、という考えもあるわけです。
 これは、その新約聖書の目次をご覧になったら、そこで、ま、パウロのものとして出てくる、その手紙は14ぐらいあるかと思います。そして、そこで、ま、詳しく調べたら、おそらく、え、いくつかの手紙は、彼の弟子が書かれたものじゃないか。彼の思想を受けて、信仰を受けて、そして、弟子の書いたものがあるだろう、と、考えられます、ですね。それは議論されてますが、彼自身のものか、弟子なのか。これは、内容に関してとか、聖書に属してるかどうか、ということに関しては、全くなんの関係もないわけですね。だから、そこで、え、弟子だったから、まぁ価値がより低いとか、そんなことは全然ないわけですね。
 じゃ、ま、彼は、おそらく、キリストと同時代、ま、キリストよりも少し若かったかもしれませんけれども、そして、熱心なユダヤ人で、あの、ユダヤ教の中に育っていって、ユダヤ人たちの、まぁ有名なその、ベンヤミン族という、ま、それは、その12部族の中の、まぁあの最も評判のいい部族だったんですね。そこに育って、そして、彼は、有名な、あるラビといいますか、律法学者に学んだんわけですけれども、つまり、専門的な聖書学者です。インテリの人、ですね。そして、評判が高い人だったわけですね。
 じゃあ、それはまず彼の背景についてですが、ちょっと、その目次をご覧になったら、新約聖書では、そこで、ローマ人の手紙から、パウロの書簡が始まるわけですね。あのー、その使徒行伝、使徒言行録は、これはおそらくルカが書いただろうと思われますけれども、その中にも、パウロについての情報が、彼の生活、彼の宣教活動についての情報が豊かにあるわけですね。その、使徒言行録は、これは、言ってみれば、最初の教会史、と言ってもいいんです。つまり、それは、その、キリストの“昇天“から始まって、そして、そこから、まぁ、そのパウロとかが、ローマに入るまでは、まぁそういう、少なくとも30年間とか、その活動が、かなり詳しく出てきて、パウロの宣教旅行は、3つの大きな旅行があったわけですが。トルコとか、ギリシャ、とかですね。まぁ、パレスチナまわりとか、にもですね。あの、スペインまでも、やっていこうと、ある手紙で書いてるんですが、それは、ま、おそらく、しなかったかもしれませんが。

(3月27日 配信)

 じゃ、そのローマ人の手紙から、ちょっとご覧になって、そして、その最初の、そのローマ人とか、次には、コリント人第一の手紙、コリント人の第二の手紙、とかですね。次には、ガラテヤ人の手紙、これは全部まったく確実に、彼のものになってます。エフェソ人の手紙があって、そして、少し2つ後で、コロサイ人の手紙。ほぼ二つの手紙は互いに似てるわけですね。だから、それはどういう関係にあるのかは、聖書学者にもよくわからないんですけれども、ま、彼は両方書いたという可能性もあるし、ですね。あるいは彼は1つ書いて、弟子が.、まぁ、それに基づいて似たものを書いたか、とか、という可能性もあるわけですね。
 あのー、そのエフェソ人への手紙は、ちなみには、これは、おそらく、回覧の手紙だったんじゃないか。つまり、ただエフェソ宛てというよりも、1番古い話、色々な写本の中には、その、どの街宛てには、書いてない、ですが。だから、おそらく、トルコのある街に送って、回覧するように、というふうに書いてたらしいんですね。そして、その次は、そのフィリピ人の手紙、短い話ですが、それは、とてもとても個人的な手紙になってるわけです。確実に、もちろんパウロのものですが。パウロの作った、まぁ彼の大好きな、そのフィリピという街の、信徒たちに対して、本当に心を開いて書いてるわけです。そして、そのコロサイ人、エフェソ人と。テサロニケの第一と第二の手紙は、テサロニケの第一の手紙は、おそらく新約聖書の最も古い書物じゃないかと思われます。それは福音より先に、おそらく47年頃、とか、まぁ、イエスは30年に亡くなったとしたら、まぁわりと、とても近いころですね。
 じゃ、えーと、第1テサロニケ、第2、そして、そこからは、まぁ,テモテとか、1、2、とか、テトスとか、そういう手紙はパウロのものなのか?あるいは彼の死んだ後で弟子に書かれたものなのか?ま、議論の余地はあるんですが、聖書学者たちは、ま、どっちでもいいんだ、けれども、もしかしたら彼の、彼は、ローマで殉教したんですね。ローマで、ま、首が切られた、ということはあったわけですね。
 その次は、その14の手紙の最後の、あ、フィロモンというものが、これはちょっと、面白い手紙、1ページ、1ページ半、くらいのものだけですが、これは、ま、パウロのところに、おそらく逃げたと思われる、ある信者の奴隷がそっちにあって、そして、そのパウロは、様々、ま、世話していかれたんですが、そして、パウロは、ままぁ、その奴隷の元の持ち主には、ま、個人的な手紙を書いてるんですが、まぁ一応、そのフィレモンという、その、オネシモスという奴隷を送り返しますけれども、ま、彼に自由を与えたら(先生、涙声)、ま、というふうに勧めてるわけですね。当時の社会状況と、信仰との関係でとても面白い、興味深い手紙ですね。
 次はその、ヘブライ人の手紙なんですが、これはとても神学的な、長い手紙ですけれども、これはパウロのものでない、ということは確かだと思われます。パウロの名前も、全然出てこない。しかし、パウロの手紙を知ってた人、そして、おそらくエジプトのアレクサンドリアの、まぁあの、教養の高い人の書いたものですが、ま、あの、とても立派な内容、豊かなものですね。そこまで、そのパウロの手紙になってるわけです。

​(3月28日 配信)

マリアの被昇天
LINK(それぞれのページにリンクしています。)

​●上智大学・中世思想研究所(Sophia University Institute of Medieval Thought Official Website)

​リーゼンフーバー神父様が所長を務めていた中世思想研究所のページです

​●イエズス会日本管区

​リーゼンフーバー神父様が所属していたイエズス会の日本管区のページです

​●イグナチオ教会

​イグナチオ教会の情報

​●リーゼンフーバー先生記念ページ

中世思想研究所内のリーゼンフーバー先生を顕彰するページです。

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